熊鷹飛んだ 

 

 とある岩場へ。ここにはオールドさんのターゲットのある岩場。傾斜の強い壁にヌンチャクがぶら下がる姿は海外の岩場の様にも見える。昔は人口登攀で登られていた岩場らしく、岩肌を目で辿ると錆びたリングボルトやハーケンを発見できる。そんな忘れ去られた古い岩に新しい風を吹き込むのだ。







 オールドさんの説明によると、岩場の左端にあるラインが今回の目標との事。私でも一見して難しい事が分かるそんな様相だ。

 懸垂で軽くホールドを掃除してから、朝一のフレッシュパワーでやってみますとオールドさんが言った。私に出来る事は、ビレーデバイスとロープのセットに間違いが無いか何度も引っ張って確認することだけ。 

 しばらくして、気持ちを没入してオールドさんが地面を離れた。傾斜が強いのでスタートからパワフルムーブの連続だが動きに淀みは無い。難しいクリップも問題なかった。そして上部の核心へ。ビレーグラスをしていても上体をのけぞらなければ姿を追う事が出来なかった。

 最後のボルトにクリップした段階で、これは行けるかと私は思ったが、そこからがまた厳しいらしく「グワッ」と叫びと共にオールドさんがぶっ飛び、私の体にも衝撃が走った。

 残念ながら本日の1stトライは失敗だった。

 地面に戻ったオールドさんの前腕はパンパンで乳酸が200%充填されているみたいだった。私は、残念惜しかったです、お疲れ酸と言って労ってみた。

 オールドさんの回復の合間に、私も簡単なルートにトライした。「ルクラ」と「攀じれ魂」の2本を登ってみたが、「攀じれ魂」はRP出来ず。攀じれTシャツを着てきたのに何たる事だと忸怩たる思いで一杯になった。でもすぐに忘れてしまうのがアラウンド60代のチャームポイントでもある。




 午後になりオールドさんの2ndトライ。前腕の回復は完璧ではない、その代わりにせめてもとTシャツを脱いで上裸のトライ。数十グラムの軽量化で減るものと得る物、クライミングには心の揺らぎを押さえる能力も必要だと思った。

 そしてスタート。1便目と変わらずに軽快な登りだ。クリップ、クリップそしてカンテから右へ。ビレーしている私の皮手袋の中も汗ばむ。苦しいはずなのにオールドさんの動きは軽やかだ。クリップに失敗したが魂で持ち直して最上部へ。私は確信した、これは登ってしまうと。1便目で落ちた最終ピンからのムーブも気合声を上げながら抜けていった。

 終了点にクリップしたオールドさんの口から歓喜の声がほとばしり出たのを私は聞いた。


 熊鷹が飛んだ日だ。



 クライミングは面白い。自分が登れても嬉しいが、違う人が登っても嬉しい。きっとロープを伝ってクライマーとビレヤーの間に何らかの意識の交換があるのだと思う。

 オールドさん曰く、このルートは今までの自分のクライミングの集大成との事だった。そうかそんな事が言える岩と出会い、そして登ってしまう事は稀有で幸せな事だろう。

 私のクライミングは相変わらず冴えないが、オールドさんの渾身のクライミングを間近に見る事が出来て良かった。

 クライミングは素晴らしいと改めて思えた日だった。私も諦めてしまいつつある自身の課題に、もう一度向き合おう。たとえ登れなくても懸命になれた瞬間の記憶が財産になるはずだから。










 

 

コメント

  1. クライミングに年齢は関係ない、人と比べたりもしない。自分自身最高のパフォーマンス
    が表現出来たときが最高の瞬間!だからクライミングが大好き。

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  2. おっしゃる通りです。加齢に負けず華麗(自分の中で)に登れたら最高。

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